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2006年 1月 15日

Ek Ajnabee

Filed under: ブログ,旅行,映画 — shiro @ 13:12
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インド発のブログにボリウッド(Bollywood)スターのライブの話が載っていた。

Small About India:”ライブ TENPTATION2005“:12月30日

スキャン写真入りの詳細なレポートで、なかなか臨場感がある。「魅惑の衝撃的ライブ」がとてもおもしろい。

読みながら、先月ニューデリーの街角で目に留まった一枚のポスターを思い出した。

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Ek Ajnabee という映画だ。主演の Amitabh Bachchan のなかなか渋い横顔が印象に残っている。Big B のあだ名で呼ばれるインドのスーパースターらしい。

ホテルのボーイや運転手まで彼の名前をよく知っていて、「尊敬している」という返事が返ってきた。みんなに敬愛されているスターのようだ。

ちょうどニューデリー出張の頃、 Amitabh Bachchan  は集中治療室(ICU)で入院加療中だったが、新聞には彼の回復を祈る特集記事まで載っていた。

ポスターを見たとき、どこか見覚えがあるような感じがした。

どうやら Man On Fire(マイ・ボディガード)のボリウッド版らしい。

Denzel Washington の役が Amitabh Bachchan という訳だ。ロケ地はバンコック。

rediff.com:”Amitabh rocks in Ek Ajnabee“:12月9日

ツボヤキ日記:”Ek Ajnabee エク アジュナビー“:10月27日

「マイ・ボディガード オフィシャルサイト」はこちら

みんなが覚えているインド映画といえば「ムトゥ 踊るマハラジャ」ぐらいだろうが、「Ek Ajnabee」を見たら日本人のインド観もずいぶん変わるのではないか。舞台になっているバンコックの大都市ぶりもちょっとした見ものだ。

Ek Ajnabee の予告編はこちら

インテルやグーグルが画像配信サービスに参入するということが CES の大きな話題だったが、インテルと組んだ相手をみてオヤと思った。スペイン語世界最大の Groupo Televisa や中国語の Shanghai Media Group と並んで、ボリウッド映画を配信する Eros の名前が挙がっていたからだ。

CNET:”Intel links up with the movie studios“:1月5日

アジアを旅行したひとなら誰でも知っていることだが、ホテルのテレビには必ず中国語チャンネルやボリウッドチャンネルがはいっている。

一般家庭とは同断ではないにしても、中国・韓国・タイ・インドといったアジアのチャンネルが視聴できない日本の現状とは大違いだ。

インテルがボリウッドと手を組めば、アジアの配信状況もがらりと変わるのではないか。

ただそうなっても、制度的問題を抱えた(技術的には問題ない)日本では、アジアのチャンネルはなかなか見れそうにない。

日本からはアジアがなかなか見えない、と思うのは僻目(ひがめ)か。

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2005年 12月 24日

元気いっぱいバンコック

Filed under: タイ,ブログ,旅行 — shiro @ 08:23
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バンコックを訪れるたびに、元気のよさを感じる。高度成長期の日本みたいだ。

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 [サイアムパラゴンの開店イベント]

ちょうど着いた日に、バンコック最大のショッピングセンター「サイアムパラゴン」がオープンした。

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 [駅から見える大きな垂れ幕]

サイアムスクエアからチットロムにかけて、伊勢丹を含めた沢山の百貨店やショッピングセンターが林立し、ありとあらゆるブランドが揃っているが、そこにまたバンコック最大のサイアムパラゴンが開店した。スカイトレインのサイアム駅の真ん前だ。

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 [店内は日本と同じ若い人でいっぱい]

さっそく行ってみると、スーツやドレスを着飾った紳士・淑女も混じって見物客でいっぱい。大々的な開店セレモニーがあったみたいだ。

ニューデリーから着いたせいか、消費生活の華やかさがいやでも目につく。インド在留邦人の多くの方々が国内旅行よりバンコックへ出かけるというのももっともだという気がした。

ニューデリー空港の混雑はひどかった。待合室も椅子が足りないほどの混雑で、乳飲み子を抱えた母親が、やっと席を空けてもらう有様。バンコック行きは真夜中発、早朝着という過酷なスケジュールにも拘らず、ビジネス客から埋まっていく。機内は全部満席だった。

空港もまた、発展するインドが抱えるインフラ問題のひとつだ。到着したバンコックの規模が大きいだけに、ひときわその落差を感じさせられた。

今回はカンズメ状態の会議だったが、合間に時間をみつけては外に飛び出した。

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 [iPod の広告をつけたスカイトレイン]

高架鉄道のスカイトレインは便利なのでいつも利用するが、春に来たときに比べても利用客の数がずいぶん増えている。すっかり市民の足として定着したようだ。サイアムパラゴン開業の夜は、満員電車を何回か見送ったほどだ。

もちろん、中心部の賑わいに比べて、ちょっと離れると昔ながらの住居や商店街も見かけるが、アジアの中では押しも押されぬ優等生。日本もその元気には負けるほどだ。

大使館に登録している在留邦人の数が3万人、その倍の6万人はいると聞いた。アジアの国としては破格の数。それだけ日本とのつながりが大きいということだろう。

ちょうどクリスマスの時期とて外国からの観光客も多く、クリスマスギフトが売れると聞いた。

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 [クリスマスツリーのイルミネーション]

南国のクリスマスは、夜のイルミネーションがクリスマスツリー代わりでとてもきれいだ。すてきなホテルのロビーで演奏を聴きながらグラスを傾けると最高。落ち着いた雰囲気と時間を味わえるのは日本以上じゃないか。

高層ビルが建ち並び、高速道路やスカイトレインが街を縫う。混雑時の渋滞は、これはこれで大変。ただ、タクシーでも、スカイトレインでも、ひとりで自由に動き回れるのがありがたい。

新しく地下鉄も開通、更にバンコック大改造計画も進行中のようだ。

街で出会うひとの目と表情が明るい。

バンコックのアキハバラ、パンティップ・プラザを訪ねるのも楽しみだ。家電製品やコンピュータの普及具合が肌で感じられる。

初めて訪れたのは三十年ほど前のことだが、それ以来来るたびに発展していて、元気いっぱいのバンコックを見るのはとてもうれしい。

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2005年 12月 21日

見えにくいインド

Filed under: インド,旅行 — shiro @ 22:13
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初めて首都ニューデリーを訪れてみて、日本からはなかなかインドが見えにくいのではないかと思った。

見えるということは人々と関係する。インドを訪れるひと、インドで仕事をしておられるひとの数が大きくものを言ってくる。

インドの在留邦人が2千人で、その半分がニューデリー在住だと聞いた。タイの6万人(うち大部分がバンコック在住)とは大きな開きがある。千人の目でみるのと、6万人の目で見るのでは、伝わり方が自ずと違ってくる。

また、日印間のひとの流れをみても、まだまだ小さいようだ。

たとえば、日本と中国との間には週 200 を超える航空便があるそうだが、インドとの間では日本航空の直行便が週 3 便とインド航空の 3 便だけだ。それも、ビジネスクラスから埋まっていってなかなか予約がとれないという。

ホテルに至っては、予約をとるのがもっと大変で、しかも値段が 200〜300 ドルとニュ−ヨーク並みかそれ以上。豪華ホテルは一泊 500 ドルでも欧米の客に売れるという。

この二、三年、特にタイトな状況が続き、同地で宿やフライトの確保に当たられる方々のご苦労は絶えないようだった。

一方、日本からの観光客はひたすら仏教聖地巡りで、なんとなく現実のインドとのミスマッチがあるように感じた。

インドの現状がなかなか日本から見えにくいのも、こんなことが関係しているかのもしれない。

そんな中で、現地で自動車を製造しているスズキが、5千人を超える旅行団をインドに送り込むという。もちろん何度にも分けての話だが、これほどの規模のインセンティブ・ツアーは、日本としても初めてと聞いた。

インドが自動車部門を外国に開放したとき、最初に名乗りをあげたのがスズキだった。始めは大変なご苦労があったようだが、インドとの合弁で作った車が、製造が追いつかないほど売れに売れた。製造した車は累計 500 万台に達するという。Maruti Suzuki の車は街中を走っており、インド人なら知らないひとはいない。

5千人を超える大旅行団も、インドの方々に沢山買っていただいたお礼の意味も込めてということらしい。とても素晴らしいことだと思う。

在留邦人の数と比べても5千人という規模がいかに大きいか分かる。これだけ沢山の方々がインドを訪れれば、当然に日印交流も進み、5千人の目を通してインドがもっとよく見えるようになるだろう。ひいては日本人のインド観に大きな影響を与えるかもしれない。

こういう決断は、トップダウンでないとなかなかできないだろうと思う。

そういう意味で象徴的だったのが、マイクロソフトのビル・ゲイツのインド訪問だ。四日間のインド訪問のうち、マイクロソフト社としての仕事は二日だけで、残り半分はメリンダ夫人と一緒に慈善財団の仕事。貧民街を訪れ、医療補助を申し出た。

翌日のタイムズオブインディア紙が、”Computers can wait, health can’t” と報じていたのが印象的だった。経済行為としての資本投下だけでなく、総帥みずからが相手への思いやりを示したのはなかなかのものだ。インドへの訴求力は大きかったのではないか。

中国と比較してインドはまだまだ未知の大陸だが、日本にも、同時に相手にももっと見えるようにするにはどうしたらよいか、日本の対応も試されているように思えた。

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2005年 12月 19日

アジアの電脳街:インドとタイ

Filed under: インド,タイ,旅行 — shiro @ 20:44
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旅行したとき、その国の電脳街を訪ねるのが楽しみだ。

どの国にもミニ秋葉原があって、そこに行くとその国のコンピュータ事情が実感できる。

ニューデリーの電脳街:ネルー・プレイス

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ニューデリーの電脳街は、ネループレイスにあった。バハイ教のロータス寺院の近くだ。ビルが何棟か立ち並び、コンピュータやソフト、パーツを扱っている。

インド IT 産業の発展は目覚ましいので、いろんなハードやソフトにお目にかかれるのではと思ったのだが、比較的おとなしくていささか期待はずれだった。日本より韓国のメーカーが健闘している印象を受けた。

ひっきりなしに起きる停電で、無停電装置なしにはコンピュータが使えない。その意味で、ラップトップが多いとも聞いた。

コールセンターやバックオフィスといった IT サービス業務は、そのままコンピュータ産業の隆盛につながる訳ではない。日本のコンピュータ製造技術とインドのソフトウェア技術を結びつける形での進出が考えられるのではないかと思った。

大騒ぎになったので何事かと思ったら、一頭の雄牛が紛れ込んだ騒ぎだった。コンピュータ・タウンと牛の取り合わせがおもしろかったが、それだけ牛が少なくなったということだろうか。

バンコックの電脳街:パンティップ・プラザ

ニューデリーに比べ、バンコックの電脳街はすごい。

大きなビルひとつがすっぽり秋葉原を飲み込んだみたいな電脳ビルになっている。パンティップ・プラザだ。ここはいつ来ても楽しい。

外国人も含め、たくさんのひとで賑わっている。家電製品からコンピュータまでなんでもありだ。製品が所狭しと並んでいる様は壮観。日本ではお目にかかれないマックのソフトもいくつかみつけた。

こうしてみると、世界の秋葉原にも退けはとらない。

実は、OSx86 のコピーが出回ったという噂が前にあったので、何軒か尋ねてみたけれど、さすがにそれはなかった。

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2005年 12月 17日

動き出した巨象インド

Filed under: インド,旅行 — shiro @ 09:18
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空港から街に向かった瞬間から、道路の大混雑を経験した。

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 [輝いた目の生徒たち]

車線におかまいなく道路いっぱいに広がったバス、自動車、オートリクシャー、オートバイ、自転車がそれぞれに自己を主張する。アジア特有の交通混雑はニューデリーにもあった。経済活況の証(あかし)でもある。


 [チャンドニチョウクの商店街]

12月のニューデリーは想像していたのとちがって結構寒く、チョッキを重宝した。

自分の目で見た感じを大切にしたかったので、ガイドブックの類いは一切読まずに出かけた。空いた時間はできるだけ市内を走り回った。


 [大使館街の大路]

大統領官邸からインド門にかけての堂々たる街路。旧デリーのチャンドニチョウクの活況と雑踏。チョウリバザールの商店街から開通したばかりの地下鉄に乗ると、これはもう超近代的な別世界。官庁街で降りるとまた景色が一変している。ニューデリーはいくつもの顔を持った活気のある大都市だった。


 [チョウリバザールのリクシャー]

旧市街のラールキラー(赤い城)前の大路を、自動車の大洪水の中を歩いて横切る命がけ(?)の体験もした。

南の方にも足を伸ばした。ヴァサントヴィハール、ネループレイス、ニューフレンズコロニーなど。仕事と生活と混雑が広がっている。混雑しているとはいえ、広い道路が四通八達だ。


 [ネループレイスのバス乗降風景]

市内を巡りながら、妙に懐かしい感じがしたのはいそた氏のブログを拝見していたせいだろう。あ、これだなと何度も思った。


 [サロジニナガールのマーケット]

サロジニナガールのマーケットも外から覗いただけだが、爆弾テロがあったことなぞ想像もできない賑わいぶりだった。


 [フマユーン廟]

出会ったひとびとの目が印象的だった。クトゥブミナールの遺跡でカメラに納まってくれた子供たちの目が輝いていた。


 [出会った家族]

高度成長期にさしかかる頃の、まだ元気のあった昔の日本を思った。

昔を知る同行者が、何度も驚きの声をあげた。

・自動車が、それも新しい車種が増えた
・市内に牛を見かけない
・青空が見える
・伝統的な白衣が減って、アジア各地の服装と変わらない
・近代的ビルが増えた
・インドに地下鉄なんて想像もできなかった


 [なんのデモだか分からないが・・・]

経済成長率 8% を達成。人口の一割とも二割ともいわれる中産階級が、出現しているというのも納得できるような気がした。

一割といえば一億人で、日本と同じ規模だ。日本では、一億総中流階級といわれた幻想が崩れて久しいけれど・・・

二割ならアメリカの大きさだ。米国の中産階級市場が日本の経済を牽引し、日本が米国一辺倒となったのもそのためだから、もしそんなマーケットがインドに出現したというのなら、これは大変なことだ。


 [官庁街の地下鉄入口]

みんなの目は隣の中国に注がれているが、10年後には中国といえども高齢化社会に突入する。一方インドは、その時点でもまだまだ若い労働力を擁しているという。10年後でも、インドはまだ拡大しているということだ。

一旅行者の実感からしても、インドという巨象は確実に動き出しているように見えた。

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