maclalalaweblog

2006年 1月 23日

インターネットの功罪

simanca_osmani

[Simanca Osmani]

本を読まなくなった。

テレビも見なくなった。

帰宅してからの団欒(だんらん)も少なくなった。

果たして、これでいいのかなあ・・・

      *      *      *

先週、インテルマック第一号がハイエンドマシンであることを見事予測した「若旦那の独り言」氏のブログが突然休載になった。これまでの記事へのアクセスもできなくなった。

いつも楽しみにしていたので残念だ。いつの日か、再び活躍される日がくることを期待したい。

この一、二か月、かなりの数のブログが休載になった。筆者が目にしただけでも、つぎのようなものがある。

「モノ」が好き!
TAKMAS
AQUALOG

それまで当然のように読んでいたブログがなくなって、その有り難さを再認識する。

これらのブログは、ほとんどの場合、個人の情熱と努力だけで維持されているように見える。個人の努力の限界にきたということかもしれない。

      *      *      *

自分でブログを始めてみて、ブログには陥りやすい罠が二つあるように思える。

ひとつは、毎日続けなければならない、というプレシャーだ。

日本のブログが、日記の延長と捉えられることも関係しているのかもしれない。

小学生以来書き通せたことのない日記を、インターネットだからといって毎日続けられるはずがない。

もうひとつは、一番争いの罠だ。

特ダネは、なんとか自分が最初にモノにしたいという気持ちである。

これは、小なりといえどもブログはジャーナリズムの端くれだというアメリカの考え方と関係ある。ジャーナリズムにとって特ダネは絶対の栄誉なのだ。

新参者の筆者も、この罠にはまりかけた。

マックニュースが読めるのは家に帰ってからという制約があるため、「毎日の罠」はすぐ解決した。くたびれ果てて帰ってくるとマックどころではない。

「一番競争の罠」については、超人的なスピードのサイトがあるのに気付いて、これまたすぐ諦めがついた。「Macin’ Blog」氏には誰も勝てない・・・

      *      *      *

個人の営為の上に限界を超える努力が要求される、いわば巨大化する個人商店を一方の極とすると、アメリカなどには別のやり方もあるようだ。

The Unofficia Apple Weblog (TUAW)engadget日本語版)など、マック以外では Luxist などのケースである。ひとつ屋根の下で多くのライターが競う形は、個人商店に対してデパート的と言えるかもしれない。

もっともそれが可能なのは、直接の取材ソースがアメリカにあり、また、ニュースそのものが商品として売れるほど成熟したアメリカが背景にあるからだ。そんなアメリカでも、熱心な個人ブロガーが中心であることに変わりはない。

      *      *      *

もうひとつ、第三の方法がありそうな気がする。

たまたま、去年インドに行ったことから、インド発のブログ(日本語)に興味を持つようになった。

とても個性豊かなのだ。

いろいろなレベルでインドの現実と向き合いながら、それぞれのペースで、自分が興味を持った分野について情報を発信している。

速射砲のように大量の記事を発信するひともいれば、ゆったりしたリズムで書きたいことを書きたいときに書くひともいる。

個々にみると個性豊かなブログが、全体としては緩い連携をとってひとつの世界を成しているのだ。

記事やコメントから(ネット上の)お互いの行き来も想像できる。ひとつのサイトを訪れると、ほかのサイトについても興味が湧き、行ってみたくなる。

毎日楽しませてもらっているマックのサイトが、突如消えることがないように、なにか方策があるといいなあと思う。

Technorati Tags:

広告

1件のコメント

  1. ブログ論 名前で勘違い。コワイデスネー。

    ●ブログとは本来、書く人にとっては”自分を確認し、他人に認知されることによる、世界が広がる喜びを得るためのもの” 見る人にとっては”多様な主観が存在するパラレルワールドを体験できるもの”(ここでパラレルワールドってのは奥が深いんですよ。アマゾンとかで”クオ……

    コメント by TrendCyclone — 2006年 2月 1日 @ 19:29


RSS feed for comments on this post. TrackBack URI